『13階段』

高野和明


すごくおもしろかった
久々当たりの作品
もっと評価されるべき作品

何が正義なのか
罪と罰とは
現在の法や制度の問題点や矛盾
色々考えさせられた

ミステリとしても面白いけど
ただのミステリではない

宗教を否定するような描写があったけど
結局宗教も人が考え出したものだと思う
まあ俺も頼らないと思うけど

腕時計とネクタイの話は初めて知ったな

こういう何回も起こるどんでん返したまらないわあ

p79
「裁判官が死刑判決を避ける一番の理由は、被告人が改悛の情を見せたかどうかなんだ」

(中略)

「殺されてから拝まれたって、被害者は浮かばれないでしょう。それに、そんなことで判断されるんだったら、金持ちの涙もろい人間が有利なんじゃないですか」

p82
「支援者のほとんどは善意のボランティアなんですが、中には、極端な思想を持った方々もいらっしゃるんです。そうした人たちが証拠集めに関与していたとなると、再審請求のチェックが厳しくなる」
「誰がやろうが、証拠は証拠なんじゃないですか?
「そうはいかないのが、日本社会の難しいところなんですよ」

p101
「この国では、凶悪犯罪の被害者になった途端、社会全体が加害者に変わるんです。そして、どれだけ被害者をいじめても、だれも謝罪もしないし責任も取りません」

p103
「こういうことだ。給付金の枠を超えて賠償金を受け取ると、国からは一銭も出なくなるんだ」
「給付金の枠っていうのは、いくらなんですか?」
「約一千万だ。法律が定めた、人の命の値段だ」

p111
そう考える参事官にとって、間違いなく言えることは、人が人を正義の名のもとに裁こうとする時、その正義には普遍的な基準など存在しないということだった。

p117
日本の裁判では、捜査側が集めた証拠を、すべて見せなくてもいいことになっている。もしそこに悪意が介在すれば、被告人が無罪である証拠を隠すことも可能なのだ。

p153
法務大臣が、法律を守ってないからさ」
「その辺はいい加減なんだよ。今、行われえるほとんどの死刑は、そういう意味では違法行為なんだ」

p162
それは犯罪者への報復であるとする応報刑思想、一方には、犯罪者を教育改善して、社会的脅威を取り除くという目的刑思想。この二つの主張は長い論争の末、両者の長所を止揚させる方向で決着した。

p166
法律の優位を侵してまで通達のほうが効力を持つというのは、法治国家では許されないことだ。

p180
俺は人を殺した。
飛び出した両眼と、落下の衝撃で十五センチほどに伸びきった首。
その凄惨な現実に、彼が信じたはずの正義は何も答えてはくれなかった。

p181
南郷は毎夜睡眠薬を飲み、眠りに落ちるまでの時間を使って、あらゆる宗教書に目を通した。書物に書かれてある神の言葉は美しく、慈愛に満ち、時にはこちらを叱咤した。そこにとてつもない居心地の良さを感じた南郷は、やがて宗教書を捨てた。
神にすがるのは卑怯な気がした。
すべては人間がやったことんなのだ。幼女二人に対する残虐な犯行も、それを犯した者への処刑も。罪と罰は、すべて人間の手で行われた。人間がやったことに対しては、人間自身が答を出すべきではないのか。

p188
俺たちが、あんな辛い思いをしてまで執行してやろうとしているのに、どうしてこんなことを―
そして南郷は、自分の心の中に、この遺族を憎む気持ちがあるのに気づいて我に返った。

p189
彼が死刑制度を支持し、七年前に行なった処刑を正当化できたのは、被害者の応報感情を考えたからこそだった。それが取り払われた今、残るのは法学者たちが築き上げた法理だけである。
(中略)
明日の処刑は、誰のために行なわれるのか。南郷や岡崎が、一六〇番を殺さなくてはならない理由はあるのか。被害者の遺族の意志に反し、犯罪者に絶対応報を科すことは、さらに犯罪被害者を傷つける行為ではないのか。

p197
「他人を殺せば死刑になることくらい、小学生だって知ってるとな?」
「ええ」
「重要なのはそれなんだ。罪の内容とそれに対する罰は、あらかじめみんなに伝えられてる。ところが死刑になる奴ってのはな、捕まれば死刑になると分かっていながら、敢えてやった連中なのさ。分かるか、この意味が?つまりあいつらは、誰かを殺した段階で、自分自身を死刑台に追い込んでるんだ。捕まってから泣き叫んだって、もう遅い」

p218
死刑相当事件を犯した場合、一人でも多くの人間を殺したほうが審理が長引き、被告人は長生きできる。

p264
「一度刑務所に入ると、腕時計ができなくなるんです。手錠を思い出させるんで」

p324
「中森さんは、どうして俺たちの味方をしてくれるんだ?」
すると中森は、決然と言った。「私は正義が行われるのを見たい。それだけです」

p342
心の中の抵抗は、二年前に佐村恭介を殺したときよりも大きかった。世界のあちらこちらで、神の名のもとに人間への殺戮が行われている理由が分かったような気がした。
しかし、と純一はは考えた。樹原亮の命を救うのは、この木彫りの仏像ではない。自分だ。純一は、不動明王の背中めがけて鍬を振り下ろした。